副業時代の「落とし穴」 労災支給は1社分だけ?

副業時代の「落とし穴」 労災支給は1社分だけ?

大阪府内でガソリンスタンド運営会社など2社の契約社員として働いていた男性が、長時間労働でうつになり労災認定されたものの、1社分の賃金に基づく休業補償しか給付されないのは不当だとして、国に取り消しを求める訴訟を大阪地裁に起こした。9日に開かれた第1回口頭弁論で国は請求棄却を求めた。厚生労働省は2018年に副業・兼業を原則容認する方針を打ち出したが、労災補償制度は副業時代を想定していない。多様な働き方を後押しするうえで、専門家からは「制度の見直しが必要だ」という声も上がっている。
■副業は原則容認
訴状などによると、大阪地裁に訴えを起こした男性は14年2月から運営会社とその関連会社の双方に雇用され、大阪市などの2店で157日の連続勤務や1カ月に134時間の時間外労働をしていた。同年7月にうつ病の診断を受け休職。長時間労働などが原因だとして15年に労災認定を受けた。ところが大阪中央労働基準監督署が休業補償の算定基準としたのは運営会社分の賃金だけで、関連会社分は認められなかった。口頭弁論で男性側は「二重就労分の賃金が補償されないと安心して働けない」と訴えた。
同様の訴訟は過去にもある。大阪市内の公共プールの設備管理を担う会社に雇われ、同じ施設の清掃を請け負う会社のアルバイトとしても働いていた男性が08年、施設内で死亡。遺族補償の算定が管理会社の賃金のみを基準とされたのを不服として妻が国を相手取った訴訟で、大阪地裁は14年9月、請求を棄却する判決を出している。
業務中などに発生した災害を理由とする負傷や疾病、障害、死亡に対しては労災保険から収入補償などが給付される。労働基準法や労災保険法は休業補償を原則として賃金の8割分としているが、そのベースは労災の原因となった1社分の賃金だ。労働法が専門の諏訪康雄・法政大学名誉教授は「フルタイムで1社専業で働くという、これまでの日本の就業形態を前提にしているからだ」と指摘する。
例えば毎日1社ずつ違う企業で7日間勤務する労働者がいたとする。いずれかの企業で事故に遭った場合、労災保険はその1社分の賃金に基づいて支払われる。会社が負担する労災保険料は7社分支払われていても、他社で就労できなくなった分の補償はされない。これは極端なケースにせよ、一定の加入条件がある雇用保険や年金と異なり、労災保険はすべての従業員を加入させる義務があるので、実際に起こりうる。仕事を掛け持ちするパートタイマーやアルバイトは少なくない。副業で事故に遭った場合、本業より少ない賃金で給付が決まる。またうつなど精神疾患の場合、発症の原因がどちらの企業にあるか線引きが難しいケースも出てくる。
18年1月に厚労省は「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を作成した。これまで副業の壁になっていたモデル就業規則の「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」との規定を削除した。「原則的に副業を認めるべきだ」として副業解禁にかじを切った。実際に兼業や副業を認める企業も増えており、「二足のわらじ」は身近なものになりつつある。諏訪氏は「労災補償制度の見直しが必要になってきている」と強調する。
■労働時間は合算で
副業・兼業時代の課題は労災補償制度だけではない。より大きい問題は労働時間の管理だ。労基法38条は「事業場を異にする場合」も労働時間を通算すると規定している。さらに厚労省の通達で、異なる企業も対象になっている。労基法32条は「労働時間が原則1日8時間、週40時間を超えてはならない」と規制しているが、異なる企業で働いた場合も合算した労働時間にこの規制が適用される。
例えば、ある会社で平日5日・1日あたりの労働時間を8時間とする労働契約を結んでいる人が、さらに副業として別の会社で土曜1日・同5時間働くケースを想定してみよう。本業の会社で所定時間通り働いた場合、副業の労働時間は所定外時間労働となり、副業の会社は割増賃金(残業代)を支払わなければならない。副業の会社で時間外労働を認める労使協定がなければ、そもそも働けない。
いまのままではフルタイムで働いている人を副業として雇用するのに企業は二の足を踏むだろう。一方、従業員に副業や兼業を認めた企業も、副業先の労働時間を把握する負担は軽くない。
さらに労働契約法上の安全配慮義務の影響を指摘する専門家もいる。同法は企業に対して従業員の安全に配慮する義務を課している。藤原宇基弁護士は「安全配慮義務違反が認められれば、働けなくなった従業員の副業・兼業先の賃金も補償しなければならない可能性がある。企業は従業員の副業・兼業を認めにくくなる」と指摘する。もし従業員が隠れて副業・兼業していた場合、その賃金補償まで企業が求められるのかなど論点は多い。
いずれにせよ、政府が働き方改革を進めるなかで、これまでのルールでは労災制度などの不都合が出ているのは否定できないだろう。厚労省は18年7月、「副業・兼業の場合の労働時間管理のあり方に関する検討会」を設置した。労働者の健康確保や実効性ある労働時間管理について議論している。どのような雇用形態であっても安心して働ける環境整備は経済や企業の成長に欠かせない。副業・兼業の「落とし穴」をどう埋めるか。官民そろって知恵を絞っていく必要がありそうだ。

お役に立てましたら、応援お願い致します!

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。