令和元年 株価は成長へ 次年度以降も右肩上がりへ
日経平均株価は1989年の12月29日に史上最高値の3万8915円をつけた。それから30年。現在の株価はまだ当時の6割の水準だ。歴史に刻まれた米大恐慌時ですら株価は1929年の高値から25年で元に戻り、日本株の低迷は主要国で過去最長だ。個人は今後日本株とどう向き合っていけばいいのか。
「金利水準などで説明がつかない割高さ。バブルではないか」。80年代の終わりに論文などで警告を発していたのは東大助教授だった植田和男氏(現共立女子大学教授)。株価を1株利益で割って算出する株価収益率(PER=3面きょうのことば)は国際標準の14~16倍に対し、60倍を大きく超えていた。
危惧は的中、株価は90年以降暴落する。円高やデフレを背景にした鈍い経済成長、企業の事業改革の遅れ――。長期低迷の理由は数多く「複雑骨折」の様相がある。しかしニッセイ基礎研究所の井出真吾氏は「あまりに割高だった株価の修正に長い時間がかかったことが主因」とみる。
国際標準で判断する外国人の保有比率が高まり、2000年代半ばにかけて割高さは修正されていった。今では利益変動を素直に反映して株価も動く普通の資本市場になっている。足元のPERは14倍台と欧州と同程度で、米国の18倍台より低い。少額投資非課税制度(NISA)や確定拠出年金など税制優遇の仕組みも急速に充実した。これらは「失われた30年からの贈り物」だ。
しかし日本人の多くは長期下落の記憶からいまだ抜け出せていない。アベノミクスの上昇相場でも個人投資家は売りに回り、初期に買った外国人が恩恵を受けた。「株は損するもの」と株式から遠ざかったままでは、企業が生んだ富が個人に行き渡らない。
法人企業統計によると00年度から18年度までで、企業(金融除く)の純利益は7・4倍となった。その間、人件費の伸びはわずか3%だが、配当は5・4倍に増えた。付加価値の配分は従業員から株主にシフトしている。仏経済学者のトマ・ピケティ氏は、株式など資本が稼ぐ利益は経済成長率より大きいと指摘した。企業の成長の果実を十分に受けるには、株主になって配当を得続けることが今や重要だ。
90年代は配当を得ても株価下落で消えた。「今は株価上昇と厚みを増した配当をともに期待できる」(日本証券業協会の鈴木茂晴会長)
ただ、今後も危機は訪れる。下落時の重要な判断材料は、株価が1株純資産の何倍かを示す株価純資産倍率(PBR)。利益を使った指標に比べてぶれにくい利点がある。
下のチャートでは00~09年の各週末のPBR(日経平均ベース)と、その時の日経平均が10年後にどうなったかを点にして並べた。PBR3倍前後ならば日経平均は10年後に5割ほど下がり、1倍前後だと2倍強に上昇した傾向があることがわかる。
リーマン・ショック後、PBRは一時0・83倍まで下げており、今後の危機時には現在のPBR1・17倍と比べ3割程度、株価に下げ余地がある。しかし、下落時こそ、その後の株価上昇率は高かった。危機時にも積み立てなどでの投資を継続すれば長期には報われることをチャートは示す。
バブル期に4割近くあった時価総額の世界シェアは今や1割に満たない。存在感は低下したが、世界の株式のなかの1つとして、投資に見合う市場になったのは30年の大きな成果だ。
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